立退料と正当事由の関係
賃貸物件が老朽化して大地震で倒壊してしまう恐れがある場合や
修繕よりも建替えをした方がコスト的に良いという場合
賃貸人としては居住している賃借人に対して賃貸借契約の
更新の拒絶または解約の申入れを行う必要があります。
しかし、賃貸人から更新拒絶または解約の申入れをしたからと言って
当然に解約が認められるわけではなく
その申入れに「正当事由」がなければ法律上の効力が生じません(借地借家法28条)。
建物の老朽化を理由とした更新拒絶または解約申入れの場合
建物が倒壊寸前ですぐに取り壊さなければならないというような場合を除いて
その事情だけでは「正当事由」は認められず
補完して「立退料」の支払いが必要になるというのが法律の考え方です。
しかし、この「立退料」の金額については
法律上明確な基準があるわけではありません。
裁判例を見ても
・建物の老朽化の程度が高ければ立退料も低くなる
・建物の老朽化の程度が低ければ立退料は高くなる
(もしくは立退きを認めない)
という一応の傾向があるものの
具体的な金額はケースバイケースで決められていますので
個々の裁判事例を見てどの程度の金額となるか検討する必要があります。
そこで今回は、築45年以上経過した賃貸アパートについて
立退料100万円(賃料の約20カ月分)で契約解約の正当事由が認められる
とした裁判例(東京地方裁判所令和2年2月18日判決)を取り上げます。
この裁判例は簡単に説明すると以下のような事案です
・賃貸人は、父親から築45年が経過した賃貸アパート
(貸室4室、賃料は月額4万8,000円)を相続し所有している。・アパートの老朽化が著しくなり
耐震診断をしたところ大地震で倒壊の可能性が高く耐震補強工事で
約1,800万円程度かかると言われた。・それなら取り壊して土地を売却した方が良いと考え
入居者に退去してもらうよう解約の申し入れを進めた。
しかし、10年以上居住している入居者1名だけが退去を拒んできた。・弁護士と相談して立退料として100万円を提示したが
この時点で入居者から「1,000万円を払ってくれないと退去しない」と言われた。・そこでやむなく建物明渡請求訴訟を起こした。
裁判で賃貸人側は立退料として100万円が正当であると主張し
これに対して賃借人側は訴訟段階で(当初の1,000万円ではなく)
200~350万円が妥当であると主張していました。
これに対して裁判所は
以下のように述べて立退料100万円での解約申入れを認めています。
まず、建物がどの程度老朽化していたかという点について裁判所は
建物の耐震診断の結果が「建物の縦方向と横方向で評価される評点
(住宅が保有する耐力が必要耐力に占める割合を数値化したもの)が
1階においては0.32と0.45、2階においては0.65と0.73とされた」という結果だったこと
(評点が0.7未満は「倒壊する可能性が高い」と判定される)と
本件アパートの耐震補強工事費用が1,650万8,000円(消費税別)と見積もられていたことを認定し
「老朽化が顕著である」と認定しました。
その上で裁判所は以下のように「立退料の提供により正当事由が認められる」と述べています。
本件アパートは、本件解約申入れ時において築45年以上が経過しており
本件アパート全体の老朽化が顕著であって、かつ耐震性の観点からみても倒壊の可能性が高く
また耐震のための工事には相応の費用を要するものということができるから
原告らにおいて本件建物を含む本件アパートの取壊しの必要性が高いものということができる。
本件アパートの状態や固定資産税評価額、本件契約の賃料等に照らしてみると
その方法として修繕が適切であるということができないから
この観点からも本件アパートの取壊し(又は建替え)の必要性が補強される。
上記の事情から、直ちに正当事由があるとまではいえないが
正当事由を基礎づける事実が相当程度認められる。
これに加え、被告に対する移転先の物件の紹介事実といった交渉経過
本件訴え提起時には本件アパートには被告の他に居住者がいないこと
その他本件契約の賃料、本件アパートやその敷地の固定資産税評価額等の事情を総合考慮すれば
原告らによる申出額であり本件契約の賃料の20カ月分以上に相当する100万円を
正当事由の補完としての立退料と認めるのが相当である。
本件のような建物の老朽化が著しいという事情があっても
借主が退去を拒むような場合は
賃料の20カ月という立退料が必要となるという点で参考になる裁判例として取り上げました。
金子の考え
法律的(裁判例)に考えても貸主が適正な立退料を提示しての交渉の場合
賃借人さんは信頼関係を損なうような応対はしない方が良いと思います。
あくまでも適正な立退料の提示が大前提のお話しです。
そして、法律の前に人と人とのかかわりということも大事にしなければならないと思います。
退去条件には色々なケースが考えられます。
お互いの状況を理解しながら落としどころでまとめることが双方にとって
一番良い結果になるかと思います。
根拠があり、適正な立退料を提示していた場合
結果的に裁判をするだけ無駄になりますし
裁判となれば元々提示していた立退料は期待できなくなる可能性も考えられるので
お互いに欲は出さず相手のことを考えた交渉をすることをお勧めします!
素行の悪い入居者さんでお悩みのオーナーさんは
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こすぎ法律事務所 弁護士 北村克典 ※この記事は、2022年12月5日時点の法令等に基づいて書かれています。